蒙古襲来、奮戦の騎馬像 高岡銅器の技で対馬に

2020/08/01 02:02

 高岡市の銅像メーカー、四津井は長崎県対馬市の小茂田浜(こもだはま)神社境内に、1274(文永11)年の元寇「文永の役」で蒙古襲来に立ち向かった対馬守護代・宗助国(そうすけくに)の騎馬像を建立した。対馬市の企業の要望を受け、馬上から弓を射る勇猛な姿を表現した。文永の役から2024年で750年の節目を迎えるのを前に、高岡銅器の技で国防の歴史を後世に伝える。

 

 宗助国像は高さ4メートル、台座を含めた全高は7・6メートルで総重量は2トン。小茂田浜神社に伝わる絵巻物を参考に、四津井が約1年かけて制作した。奮戦の姿を描いたレリーフや歴史の説明文も添えた。

 

 文永の役は蒙古・高麗連合軍の2万8千の軍兵が対馬に上陸し、宗助国が率いる80余りの手勢は獅子奮迅の戦いを繰り広げたものの、全員が討ち死にしたとされる。対馬市内でスーパーなどを営む企業の幹部が、最後まで国のために戦い抜いた日本人の気質を後世に伝えたいと、四津井に銅像の製造を依頼した。

 

 1日に小茂田浜神社で、四津井宏至会長や比田勝尚喜対馬市長らが出席して除幕式が行われる。四津井会長は「対馬は国境の島。銅像が国防の困難を乗り越えてきた歴史を学ぶ一助になってほしい」と話した。