中六醤油と味噌を紹介する板林専務=射水市中央町

新湊に愛される醤油 伝統の味守る

2020/07/18 01:51

 「新湊の食は、この醤(しょう)油(ゆ)なしでは語れない」と言われるほど、地元に根付く醤油がある。「中六(なかろく)醸造元」(射水市中央町)の「中六醤油」だ。新湊にはかつては5軒ほどの醸造元があったが、今も残るのは中六のみ。4代目の板林勇樹専務(37)は新商品開発や作業効率化に乗り出し、時代が変化する中、伝統の味を守るため奮闘している。

 

 「刺し身は中六醤油じゃなきゃ」と新湊の人が口をそろえる。特徴は「甘み」だ。新湊漁港に揚がるアマエビやシロエビ、ヒラメなど海の幸によく合う。醤油の中で泳がせるようにたっぷりつけるのが「新湊流」と言う人もいる。

 

 中六醸造元は1921(大正10)年、金沢市大野地区で醤油造りを学んだ初代が新湊で創業。リヤカーを引いて売り歩く中、客の声を聞きながら新湊の人の舌に合う味を生んだ。

 

 板林さんが家業を継ごうと決めた原点には、中六醤油を確立した2代目の祖父・常男さんの存在がある。子どもの頃、配達に付いて行くと「中六さんの醤油はおいしいね」と声を掛けられる祖父の姿がまぶしく、誇らしかった。「いい仕事だなって思いました」

 

 東京農業大に進んで醸造を学び、実習でワインやビールを造りながら、醸(かも)すことの楽しみを知った。食品会社などで数年勤務し、20代半ばで実家に戻った。

 

 醤油や味噌(みそ)の仕込みは家族、従業員総出だ。醤油麹(こうじ)作りでは、温度や湿度の管理が重要で「寝ずの番」が必要だった。板林さんが家に戻ってからは設備を導入し、手作業を大切にしながら効率化を進めた。

 

 板林さんの目標は、醤油と味噌の2本柱でやってきた中六の新たな柱を作ることだ。手の込んだ料理を作る家庭も減り、醤油や味噌の需要は減少傾向にある。そこで、中六の味噌や醤油をベースにした新商品開発に力を入れる。

 

 年内に自社ホームページを開設し、インターネット販売も本格化させる計画だ。板林さんは「変えてはいけないものと、変えていかなければいけないものがある。新湊に愛される味を残すため、挑戦を続けたい」と話した。