瑞龍寺の奉納刀「家重」を見る澤田会長=南砺市内

瑞龍寺の奉納刀「里帰り」 利常の命で制作、今秋にも高岡で公開

2019/03/06 02:06

 加賀藩3代藩主前田利常が作らせた国宝瑞龍寺(高岡市)の奉納刀の一つ「家(いえ)重(しげ)」が、今秋にも市福岡歴史民俗資料館で公開される。富山刀剣研究会の澤田康則会長(50)=南砺市=が昨年11月、千葉県の所有者遺族から購入した。明治末期まで瑞龍寺にあった刀は東京の前田家に移り、戦後、武器供出の対象となり、一時所在不明となった。澤田会長は、将来的に瑞龍寺など前田家ゆかりの場所へ寄託することも検討している。

 

 澤田会長によると、瑞龍寺の奉納刀は1654(承応3)年、利常が5代藩主綱紀の武運長久を願い、領内の刀工22人に作らせた。このうち家重は刀工加(か)州(しゅう)住家重(じゅういえしげ)が制作し、奉納刀22振りの中で3番目に位が高いとされる。

 

 刀の鞘(さや)には、1971(昭和46)年12月に刀剣博物館(東京)の副館長だった佐藤寒山(かんざん)氏が鑑定したと記されている。佐藤氏は刀剣の真贋(しんがん)に通じた「寒山鞘書(かんざんさやがき)」として知られていたという。

 

 刀身の長さは2尺7寸(83・2センチ)で、一般的な刀よりも大きく、江戸で流行していた滑らかな刃文が描かれている。刀の茎(なかご)に刻まれた銘文のうち、「瑞龍院」の文字が消え、加賀藩で作られたことを示す「加」の部分が読みにくくなっている。

 

 家重を含めた奉納刀22振りは終戦後、米軍による武器供出の対象となり、所在がほとんど分からなくなった。その後、家重は昭和40年代には千葉県の個人に渡り、昨年この個人が亡くなり、遺族が東京の刀剣商に売却を相談した。

 

 高岡市福岡歴史民俗資料館の中嶋康夫学芸員(42)によると、現在国内で確認されている瑞龍寺の奉納刀は、家重と金沢市の兼六園に隣接する成巽閣(せいそんかく)にある「長(なが)次(つぐ)」の2振りのみだという。中嶋学芸員は「戦後の混乱を免れた前田家ゆかりの刀剣であり、歴史的にも大変貴重だ」と話した。

 

 澤田会長は、家重を金沢市の石川県立歴史博物館などでも展示したいとして、「富山や石川の人に刀の由緒を知ってもらいたい」と語った。