伊能忠敬もてなしに代金の127倍 射水で史料確認 - 富山県のニュース | 北國新聞社

伊能忠敬の来泊に関する史料=射水市新湊博物館

伊能忠敬もてなしに代金の127倍 射水で史料確認

2018/04/20 01:51

 射水市新湊博物館は19日、江戸時代の測量家・伊能忠敬が1803(享和3)年、放生津(現射水市放生津町)の材木商「柴屋」に宿泊した際、柴屋側の準備の様子を示す史料5点が確認されたと発表した。忠敬が支払った金額の127倍の費用をかけて準備した記述があり、新湊博物館は、柴屋側の忠敬一行に対する敬意や配慮がうかがえる貴重な史料としている。

 

 史料5点のうち、「天(てん)文(もん)方入用受取状控(がたいりよううけとりじょうひかえ)」には実際にかかった金額、「木(き)銭(ぜに)米代受取証文控(こめだいうけとりしょうもんひかえ)」には忠敬から受け取った代金がそれぞれ記載されている。

 

 二つの文書からは忠敬一行が計358文を支払ったのに対し、柴屋が準備に45貫493文を要したことが分かる。

 

「伊能勘解由様御上下八(いのうかげゆさまごじょうげはち)人(にん)御宿諸造用買上帳(おやどしょぞうようかいあげちょう)」には、柴屋がクロダイやキス、サバなど豊富な魚を用意したことや、マツタケを求めて富山町(現富山市)まで買い付けに向かったことが記されている。給士(きゅうじ)には当時の知識人が動員され、人選にも注意を払っていたことがうかがえる。

 

 この史料3点は、柴屋の子孫が2016年、新湊博物館に寄贈した「柴屋文書」を調査し、今回初めて確認した。

 

 ほかの史料2点は、柴屋が所口(現七尾市)に忠敬一行が宿泊した時の様子を問い合わせた「今般勘解(こんぱんかげ)由(ゆ)殿所口御宿聞合之覚(どのところぐちおやどききあわせのおぼえ)」、忠敬に提供された料理が書かれた「献立覚(こんだてのおぼえ)」で、いずれも約80年ぶりに確認された。

 

 新湊博物館の松山充宏主任学芸員は「忠敬一行を不機嫌にさせないよう、柴屋が入念な準備をしていたことが分かる」と説明した。史料は20日から博物館で始まる企画展「射水を旅した人たち」で公開される。