収蔵されていたベッドを調べる草野さん(右)と油谷さん=白山市茶屋1丁目

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ロシア捕虜のベッドか 日露戦争時、金沢で収容 白山市で見つかる

2020/02/05 02:08

 日露戦争(1904~05年)下、金沢市で捕虜生活を送ったロシア軍人が使ったと伝わる木製のベッドが、白山市茶屋1丁目の蔵で見つかった。捕虜の調査に取り組む金沢写真院前店主の草野輝久さん(75)=金沢市=が4日までに蔵を訪れ、収容所の写真に残るベッドと形状が似ていることを確認した。当時のベッドであれば珍しく、捕虜の生活ぶりを知る貴重な資料となる可能性がある。

 

 ベッドは長さ約170センチ、幅約60センチ、高さ約40センチ。大阪府高槻市在住の油(ゆう)谷(たに)昭夫さん(77)の父方の実家の蔵に眠っていた。

 

 大阪で生まれ育った油谷さんは1960(昭和35)年ごろ、父の奎道(けいどう)さんと旧松任町の実家に帰省した際、蔵にある古いベッドを見せられ、「日露戦争の捕虜が使ったものだ」と説明を受けたという。

 

 油谷さんは、本紙報道などで、草野さんが明治期に撮影されたロシア人捕虜の写真を頼りに当時の足跡などを調べていることを知り、草野さんに連絡。2人で3日、白山市の蔵を訪れ、片づけてあったベッドなどを調べた。

 

 草野さんによると、油谷さんの曽祖父(そうそふ)、文次郎さんは議員を務めるなど地元の名士であったことから、捕虜の収容所が閉鎖された際、関係者に依頼されてベッドを引き取った可能性があるという。

 

 2人は4日も蔵を調べ、中から収容所の礼拝堂で使われたものと似た燭台などを見つけた。草野さんは蔵の調査を続ける予定で、「他にも出てくるものがあれば、より信頼性が高くなる」と意気込んだ。油谷さんは「草野さんの話を聞いておやじの言葉をはっと思い出した。何か力になればうれしい」と話した。

 

 草野さんは、明治期に金沢市寺町5丁目の高岸寺で撮影されたロシア人捕虜の集合写真をもとに当時の調査を開始。ロシア政府などの協力を得て、金沢で収容生活を送ったロシア人将校のひ孫2人を特定し、昨年10月の金沢訪問につなげた。