回廊跡か、柱の穴確認 羽咋・柳田シャコデ廃寺

2020/12/04 01:09

 能登で最も古い寺院遺跡の一つとされる羽咋市柳田町の「柳田(やないだ)シャコデ廃寺跡」で、市教委は3日までに、寺を囲む回廊や門だった可能性がある柱の跡を確認した。寺の東西の幅や構造がほぼ確定した。寺の幅は東西約90メートルあり、講堂や金堂の位置も推定された。市教委は来年度、門跡の周囲を重点的に調査し、羽咋の信仰拠点の全容解明を進める。

 

 市教委によると、柳田シャコデ廃寺は、7世紀末から8世紀初頭の建立と推測される。言い伝えや土地の字(あざ)から、シャコデは「釈(しゃ)迦(か)堂(どう)」の言い方が変化したとみられる。地元の豪族「羽(はく)咋君(いのきみ)」一族が建てた可能性がある。

 

 今回の調査は6~9月に実施し、寺の「中軸線」上にある「中門」の柱の穴5カ所と、南側と東側の回廊跡と推測される箇所に柱の穴32カ所を確認した。

 

 市教委によると、東西と南に直線上にあった柱の穴は、約5メートルの間隔を開けて2列に並んでいた。回廊ならば屋根が付いた大がかりな建物跡があった可能性がある。塀の跡ならば寺が時を経て拡張されたことを示すとみられる。

 

 過去の発掘調査結果も含め、寺の中心線(中軸線)の西側に塔が位置したことも確認された。未発掘ながら、東側に本尊を収めた金(こん)堂(どう)、中門の奥に講堂があった可能性があるという。

 

 現地では1971年に第1次調査、84、85年に2次調査が行われ、大型の木造塔跡、儀式に使った旗を立てた穴などが確認された。約200メートル南側に位置する国史跡「寺家遺跡」と関わりが深く、一帯は飛鳥、奈良時代の神仏への信仰拠点だったと考えられている。

 

 2014年からは第3次調査が進められており、17、18年には西側に、昨年度には東側に回廊か築地塀の跡とみられる柱の穴の列が見つかった。

 

 市教委は5日に開く説明会で、調査状況を紹介する。