ご神体としてまつられていた平安後期の観音菩薩像=輪島市門前町百成の八幡神社

門前に平安後期の観音像 廃仏毀釈乗り越え、神社で発見

2020/11/25 01:22

 輪島市門前町百成(どうみき)の八幡神社で、平安時代後期(11~12世紀)の観音菩薩像がご神体としてまつられているのが分かった。同神社宮司で歴史学者の四柳嘉章(よつやなぎかしょう)さん(74)=穴水町川島=が3月の祭事の際に偶然見つけ、仏像の様式などから確認した。県立歴史博物館の北春千代学芸主幹は「明治の廃仏毀釈(きしゃく)を乗り越え、人知れず伝わってきたことは興味深い」と話し、神社に残る貴重な仏像とみている。

 

 四柳さんによると、輪島市内で平安時代の観音像が確認されたのは、旧門前町が町史編さんで調査した1973年以来、47年ぶりで、市内で4例目という。

 

 観音像は高さ60センチ、幅12センチの立像で、寄せ木をせず1本の木から削り出す「一(いち)木造(ぼくづくり)」が特徴。後から別にはめ込まれたとみられる腕は失われているが、肩に取り付けるための穴が残る。頭部や顔面は摩耗しており、足部分は湿気で腐食がみられる。

 

 四柳さんによると、今年3月、春の祭事で神社を訪れた際にご神体を収めた箱のすだれが外れ、中に仏像があることに気付いた。8月に調査し、作りや顔立ちから年代を特定した。神社に仏像を置くことは平安中期から盛んに行われたが、廃仏毀釈運動で多くが失われた。

 

 住民によると、2007年3月の能登半島地震後、本殿修理のためご神体を近隣住民の家に移したこともあったが、箱に収められたままで誰も気付かなかったという。24日は同神社の新(にい)嘗(なめ)祭が営まれ、集まった氏子に観音像が公開された。参拝した谷内寿治さん(69)は「貴重な発見で、大切に受け継いでいきたい」と喜んだ。

 

 歴博の北学芸主幹は仏像について「頭や腰の形、刻まれた着物のひだ模様などに平安時代後期の作風がみられ、大切に保存されることを願っている」と話した。輪島市教委の担当者は届け出があれば、仏像の調査を行い、文化財指定も視野に検討する考えを示した。