大皿や鉢が収まった藁苞を子細に眺める大村さん(左)と北学芸主幹=石川県立歴史博物館

有田焼守った明治の藁細工 金沢の蔵で藁苞発見

2020/11/03 01:49

 明治期の有田焼の大皿や鉢をすっぽり納めた希少な「藁苞(わらづと)」3点が金沢市内の蔵で見つかり、2日までに石川県立歴史博物館に寄贈された。運搬と保管の両用を兼ねていたとみられるつくりで、県内で作られたのだろうとする専門家もいる。100年もの間、器を守ってきた入れ物は傷みもあまりなく、近代日本の焼き物流通や藁細工の伝統を物語る貴重な資料として注目される。

 

 藁苞は金沢市森本近郊の旧家の蔵に眠っていた。今夏に蔵が解体される際、古美術を扱う大村古物店(金沢市瓢箪町)の店主、大村昭男さん(78)が見つけて買い取った。直径は大きい順に64センチ、46センチ、36センチ。それぞれ大皿1枚、三ツ鉢、平皿5枚が納まっていた。

 

 藁を束ねた綱でぐるりと輪を作り、上下に重ねてくくる構造となっており、3センチ前後の厚みがある。古美術を扱って60年の大村さんだが、同じような藁苞は見たことがなかった。

 

 大村さんは先月21日に歴博に3点を寄贈した。立ち会った北春千代学芸主幹は「陶磁器を包む藁苞は通常、運搬が終わると捨てられてしまうため、残るのは非常に珍しい」と述べ、藁苞のつくりや保存状態を確かめた。

 

 藁による陶磁器の梱(こん)包(ぽう)は近世から昭和まで、広く全国で行われていた。画像を確認した佐賀県立九州陶磁文化館(有田町)の鈴田由紀夫館長によると、藁苞の構造は発出元である有田に伝わる梱包とは異なる。3点のうち2点は持ち手があるなど、つくりがやや丁寧すぎるという。

 

 鈴田館長は「北前船で石川に運ばれた有田焼がいったん荷ほどきされ、石川で梱包し直されたのだろう」と見立てる。再梱包の際は木箱に納めるのが一般的だが、大きくて入れにくかったため、地元の職人が藁苞をあつらえたのではないか、との推測だ。北学芸主幹は「九州からの搬送途上、積み替えの際に別の地で再梱包された可能性もある」とし、梱包の技法などを今後調べたいとしている。