等伯の師、等春作か 徳島の大名細川成之画像

2020/10/01 01:33

 七尾生まれの画聖長谷川等伯と一門のルーツを探る調査会「等伯と一門 ルーツ探訪」の今年度第1回調査は30日、徳島市の曹洞宗(そうとうしゅう)丈六寺(じょうろくじ)で始まった。初日は、等伯が師と仰ぐ等春(とうしゅん)が仕えた守護大名・細川成之(しげゆき)の画像(国重要文化財)を調べ、等春作の可能性が極めて大きいことが分かった。

 

 画像は室町後期の作だが、落款(らっかん)がなく、作者は不明とされてきた。成之最晩年の肖像とみられ、手がやせ細って竹製の杖を手にしているものの、冷徹な眼差しに特徴がある。調査会メンバーからは、等伯が24、25歳ごろに描いた「日乗上人像」(羽咋市の妙成寺所蔵)の目元に類似しているとの指摘が出た。宮島新一委員長は「等春が成之に仕えていた事情を考えると、等春以外の作と考えられない」と断言した。

 

 等春の没年は1520(永正17)年で、等伯が生まれる前に他界している。等伯は23歳で上洛(じょうらく)しているが、京で何らかの等春作品を目にするなど画風に感化されたとの見方を強めた。北春千代副委員長は成之画像について「眉や瞳、眼窩(がんか)の描き方が(等伯の)日乗上人に一脈通じる。等伯の肖像画の原点だと思う」とした。

 

 成之は自身も絵を描く文人大名。東四柳史明委員は「等伯画説」の記述から「成之自身も、等伯の画風に少なからず影響を与えただろう」と推測した。

 

 今回の調査は、四国での等伯一門の足跡を2日までたどる。北國総合研究所(金沢市)が主催し、のと共栄信用金庫(七尾市)が特別協賛、北國新聞社が特別協力、七尾市と七尾美術財団が協力している。