北前船の船員だった祖先の情報を集める新矢さん=平和町

北前船員の先祖、足取りたどる 金沢の新矢さん調査開始

2020/06/30 02:10

 旧満州(現中国東北部)に生まれ、戦後引き揚げた新矢(しんや)政紀さん(79)=平和町=が、北前船で日本海を往来した先祖のルーツを探る調査に乗りだした。手元にわずかに残された家系図や資料をもとに、全国に散らばったとみられる縁者を探す。今年は戦後75年。日本国内では一度途切れた新矢家の足取りを、いま一度、たぐり寄せたいという。

 

 新矢さんは1941(昭和16)年に現在のハルビン市で生まれた。終戦を機に5歳で家族と共に金沢に引き揚げた。終戦翌年の46(昭和21)年、引き揚げ者や戦災者が移り住んで誕生した平和町の、最初の住民の一人になった。

 

 父の小一郎さん(故人)によると、新矢家は、現在の白山市美川永代町の出身という。もともと船員をなりわいにしていたといい、政紀さんは、初代から数えて6代目に当たる。

 

 自宅には加賀藩13代藩主前田斉泰(なりやす)から賜ったとの言い伝えがある膳など、戦後に親戚筋から譲られた謎の品もある。酒販店を営み、1983年に他界した父からは、船乗りだった先祖や由来の品々について詳しく話を聞く機会はなかったという。「父はあまり先祖のことを教えてくれなかったのが、今さらながら悔やまれる」と話す。

 

 遠縁に当たる人が先祖の手掛かりを求めて県外から訪ねてきたこともあって、先祖への関心が次第にわいてきたという。現在は、古い記録などの収集に本腰を入れ、家系図を含めて、手元にある資料の整理に着手している。

 

 白山市が6月に、文化庁の定める日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」に追加認定されたのも追い風に感じているといい、「美川の船乗りの子孫として、家族のルーツが詳しく分かればうれしい」と期待を込めた。