本多政長が保科正之に送った書状の下書き=金沢市の加賀本多博物館

加賀藩政に懸念の書状 筆頭家老・本多政長の下書き確認

2019/09/12 01:49

 加賀藩筆頭家老を務めた本多家の2代政長(まさなが)(1631~1708年)が、加賀藩5代藩主前田綱紀の後見役だった会津藩祖・保科正之に送った書状3通の下書きが11日までに金沢市内で確認された。加賀藩政に関する意見がしたためてあり、国元の重臣として、まだ若かった綱紀(当時・綱利(つなとし))が行おうとした新たな政策を懸念していたことなどがうかがえる。

 

 下書きは本多家が所蔵する史料の中から見つかった。3通は1660(万治3)年4月21日付と同11月3日付、1661(寛文元)年5月8日付となっている。

 

 2011年には、正之が政長に宛てた書状3通が見つかっている。いずれも政長への返書で、今回の下書きはその3通と対を成すとみられ、政長が正之に尋ねたことや要望していることなどが詳細に把握できるという。

 

 書状のやりとりは、江戸に住んでいた綱利が初めてお国入りする前年から始まっている。下書きには、江戸にいた綱利が禄高(ろくだか)の低い家来を召し放つ(リストラする)よう指示したことへの世間の見方を不安視しているほか、正之が国元の藩士の意見を吸い上げて綱利を指導してほしい旨などがつづられている。

 

 藩の人事を国元の年寄と相談することや、由緒帳を参考に藩士を取り立てるよう勧める文言なども記されている。

 

 金沢学院大の本多俊彦准教授は下書きについて「加賀藩の家老がどんなことを報告し、何を問題視していたか、生の声を知ることができる貴重な史料」と指摘。「政長が正之を介して綱利に意見した実態が克明に読み取れる」と語った。

 

 書状の下書きは12日に金沢市の加賀本多博物館で始まる特別展「本多政長~加賀本多家の礎~」(北國新聞社後援)で公開される。特別展は12月10日まで。