きょうのコラム『時鐘』

2018/12/18 00:47

 悲惨(ひさん)な火災(かさい)事故(じこ)が続(つづ)く。民家(みんか)の火事(かじ)では、なぜ逃(に)げ出(だ)せなかったのかと思(おも)う人(ひと)も少(すく)なくない。だが、炎(ほのお)の怖(こわ)さはそれこそ想定外(そうていがい)である

40年(ねん)ほど前(まえ)、わが家(や)のお向(む)かいさんから出火(しゅっか)したことがある。異様(いよう)な音(おと)がして消火(しょうか)に走(はし)った。バケツに水(みず)をくんで道路(どうろ)を渡(わた)り、燃(も)えさかる火(ひ)に三回(さんかい)ほどぶちまいたが、まったく効果(こうか)なし。炎が壁(かべ)にまで広(ひろ)がったら個人(こじん)の手(て)に負(お)えるものではない

いつのまにか煙(けむり)を吸(す)って危(あや)ういところだった。消火器(き)があったらと今(いま)も残念(ざんねん)だが、初期(しょき)消火に焦(あせ)る間(あいだ)に逃げるタイミングを失(うしな)っていたのである。以来(いらい)「逃げる訓練(くんれん)」の大事(だいじ)さを考(かんが)えるようになった

東北(とうほく)の津波(つなみ)では「てんでんこ」と言(い)って、自分(じぶん)の身(み)を第一(だいいち)にして逃げよとの教(おし)えがある。規模(きぼ)は違(ちが)うが、その覚悟(かくご)は民家火災にも必要(ひつよう)なのかもしれない。火事はひとごとではない。真剣(しんけん)に、具体的(ぐたいてき)に防災(ぼうさい)に取(と)り組(く)む。それが犠牲者(ぎせいしゃ)のご冥福(めいふく)を祈(いの)り、家族(かぞく)の辛(つら)さを思うことにもなると信(しん)じる

この窓(まど)から出(で)られるか。あの屋根(やね)から降(お)りられるか。わが家では各自(かくじ)・各部屋(へや)ごとに避難(ひなん)ルートを想定している。無論(むろん)、火を出さないのが第一だ。