きょうのコラム『時鐘』

2020/08/08 00:29

 外山滋比古(とやましげひこ)さんが96歳(さい)で亡(な)くなった。「思考(しこう)の整理学(せいりがく)」が有名(ゆうめい)だが、多数(たすう)の著書(ちょしょ)があるのでテーマが重(かさ)なることもあった。印象深(いんしょうぶか)いのは「転石(てんせき)、苔(こけ)を生(しょう)ぜず」の解説(かいせつ)だ

イギリスでは「一カ所(いっかしょ)に腰(こし)を落(お)ち着(つ)けることのできない人(ひと)は何(なに)ごとも成功(せいこう)しない」との意味(いみ)だった。これがアメリカに渡(わた)ると「優秀(ゆうしゅう)な人(ひと)は引(ひ)く手(て)あまたで席(せき)が温(あたた)まる暇(ひま)もない」と反対(はんたい)の意味になるという

伝統重視(でんとうじゅうし)の英国(えいこく)は定着社会(ていちゃくしゃかい)、歴史(れきし)の新(あたら)しい米国(べいこく)は流動社会(りゅうどうしゃかい)だからと説明(せつめい)する。「苔のむすまで」と歌(うた)う日本(にほん)は英国流(りゅう)だ。一(ひと)つの言葉(ことば)からこれだけ平易(へいい)な比較文化論(ひかくぶんかろん)を展開(てんかい)できる学者(がくしゃ)はそういるものではない

もう一つ、外山さんの著書で印象的なのは同窓(どうそう)の国文学者(こくぶんがくしゃ)・鈴木一雄(すずきかずお)さんとの思(おも)い出(で)話(ばなし)だ。金大文学部長(きんだいぶんがくぶちょう)も務(つと)めた人(ひと)だが、昭和(しょうわ)40年前後(ねんぜんご)の受験生(じゅけんせい)ならラジオ講座(こうざ)を思(おも)い出(だ)す。あの名(めい)講座で古典(こてん)を学(まな)び、記者(きしゃ)になり、金大が移転問題(いてんもんだい)で揺(ゆ)れるころ鈴木教授(きょうじゅ)を取材(しゅざい)した際(さい)は感慨深(かんがいぶか)かった

二人(ふたり)が親友(しんゆう)だったことは後(のち)に知(し)った。友(とも)を忘(わす)れず、思考(しこう)を続けた96歳の頭脳(ずのう)に「苔は生ぜず」。たくさんのことを教(おし)えてくれた外山さんだった。