きょうのコラム『時鐘』

2020/05/31 00:09

 バスを降(お)りて自宅(じたく)に向(む)かう道路前方(どうろぜんぽう)に北陸新幹線(ほくりくしんかんせん)の高架(こうか)がある。宵(よい)のころの電車(でんしゃ)は宙(ちゅう)を飛(と)ぶ「銀河鉄道(ぎんがてつどう)」のように美(うつく)しい

暮(く)れなずむ西(にし)の空(そら)を客席(きゃくせき)の光(ひかり)が点々(てんてん)とつながって動(うご)いて行(い)く。しかし、コロナ騒(さわ)ぎの中で、窓(まど)の明(あ)かりの消(き)えた「黒(くろ)い列車(れっしゃ)」が高架を行くのを見(み)た。回送(かいそう)列車なのだが「お客(きゃく)さんが一人(ひとり)も乗(の)ってないのかね」の声(こえ)が通行人(つうこうにん)からも漏(も)れる

乗車率(じょうしゃりつ)ゼロの北陸新幹線が走っていても不思議(ふしぎ)ではないと思ったのである。「かがやき」全面運休(ぜんめんうんきゅう)の報道(ほうどう)があったころで、それもやむなしと思ったほどだ。一転(いってん)、ダイヤは復活(ふっかつ)して安堵(あんど)した

宮沢賢治(みやざわけんじ)の名作(めいさく)「銀河鉄道の夜(よる)」には主人公(しゅじんこう)の少年(しょうねん)が、暗い宙を走る客車(きゃくしゃ)の中(なか)を想像(そうぞう)するシーンがある。たくさんの旅人(たびびと)がいる。リンゴの皮(かわ)をむいたり笑(わら)いあったり。そんな窓の中を空想(くうそう)している。色々(いろいろ)な人(ひと)が出会(であ)って物語(ものがたり)が生(う)まれ、夜空(よぞら)を汽車(きしゃ)が行く

完全復旧(かんぜんふっきゅう)には一年(いちねん)かかると試算(しさん)された北陸新幹線。試練(しれん)はまだ続(つづ)く。が、空席(くうせき)を埋(う)めるのは他(ほか)でもない北陸の旅人である。明かりが灯(とも)った車窓(しゃそう)から外(そと)を見ている自分(じぶん)の姿(すがた)がある。