きょうのコラム『時鐘』

2019/10/14 01:02

 ものの例(たと)えで、がっちりスクラムを組(く)む、などと口(くち)にするが、ラグビー中継(ちゅうけい)を見(も)るたびに、本家(ほんけ)のスクラムのすさまじさに驚(おどろ)く

生(なま)やさしいプレーではない。「がっちり組む」は、最初(さいしょ)だけ。力(ちから)の差(さ)が出(で)て、ズルズル押(お)され、雪崩(なだれ)を打(う)って倒(たお)れ、ぺしゃんこにつぶされる。スクラムという闘(たたか)いの難(むずか)しさは、門(もん)外漢(がいかん)にも分(わ)かる

力任(まか)せの押(お)しくらまんじゅうではない。大男(おおおとこ)の集(しゅう)団(だん)には、かじ取(と)り、支(ささ)え、後押(あとお)し役(やく)に、相(あい)手(て)ボールを狙(ねら)うハンターまでいて、スクラムの強(つよ)さが試合(しあい)を決(けっ)する、と教(おそ)わった

トライの得点場面(とくてんばめん)は、華(はな)やかである。敵(てき)の大将首(たいしょうくび)を抱(かか)えて城(しろ)に一番乗(いちばんの)りを果(は)たした若武者(わかむしゃ)のよう。が、スクラムが崩(くず)れ、折(お)り重(かさ)なった敵味方(みかた)の一番下(いちばんした)から、知(し)らん顔(かお)して起(お)き上(あ)がってくる巨漢(きょかん)の姿(すがた)にもなぜかジンとくる。あんなスクラムに加(くわ)わってみたいが、もう無理(むり)だろう

事(こと)あるごとに「オレが、ワタシが」と自(じ)己(こ)を主張(しゅちょう)し、弁護(べんご)する時(じ)代(だい)であり、風潮(ふうちょう)である。それを個性(こせい)として重(おも)んじるわれらに、果(は)たして力強(ちからづよ)いスクラムが組めるだろうか。台風(たいふう)19号(ごう)のツメ痕(あと)に立(た)ち向(む)かうこれから、くじけぬ力と根性(こんじょう)が試(ため)される。