初めて展示された木造の天部像=高岡市万葉歴史館

 現在の高岡市伏木一宮で奈良時代中頃に建立された「越中国分寺」に、かつて安置されていたとされる木造の天部像2体が、高岡市万葉歴史館で初展示されている。平安時代初期のものとみられる。同寺は建物が現存せず、跡地(県指定史跡)のみであり、展示を企画した市教委は「越中国分寺が伏木にあったことを示す貴重な資料。目で見て実感してもらいたい」としている。

 天部像は越中国分寺跡にある国分寺薬師堂で保管されてきた。市教委の依頼で富大芸術文化学部の三宮千佳准教授が薬師堂の仏像などを調査しており、調査報告の一環で展示した。薬師堂以外での公開は初めて。

 国分寺は聖武天皇が国家の安穏を祈願して全国で造営した寺院。2体の天部像は甲冑(かっちゅう)を付けていた跡があり、腰を右側にひねっていることなどから、越中国分寺で本尊仏が安置された須弥壇(しゅみだん)の四隅に置かれていた四天王像(持国天、増長天、広目天、多聞天)のいずれかと考えられるという。

 像高163センチの1体は兜(かぶと)をつけ、胸や腹、腰に甲冑の跡が残っており、口を横に開いて威嚇する表情をしている。もう1体は150センチで、頭部は髪を結い上げ、腰に甲冑の跡がある。どちらも一本の木を彫った一木造りで、摩耗は激しいが、頭部と体幹部のバランスが取れた躍動感のある像だったとみられる。

 企画展「越中国府・国分寺を掘る」は5月30日まで。

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