常連客から花束を受け取り、感極まる桜井さん(左)=羽咋市川原町

  83歳、高齢で 常連客から花束

 JR羽咋駅西口正面のおでん店「さくら」(羽咋市川原町)が30日、閉店する。羽咋のまちなかで56年間、店を開いてきた桜井邦子さん(83)が高齢とコロナ禍を理由にのれんを下ろす。繊維産業の活況に羽咋が沸いた日々は遠くなり、一緒に店に立った長女には先立たれた。それでも多くの常連客に愛され、「恵まれた年月だった」と振り返る桜井さん。惜しむ声の中、最後の日まで笑顔と美味で客をもてなす。

 羽咋市中心部の的場町出身の桜井さんは中学卒業後から働き、25歳で結婚。しかし家計は苦しく、自宅近くで27歳だった1965(昭和40)年、料理店「祇(ぎ)園(おん)」を開いて生計を立て始めた。着物姿で器量よし、愛想よしの桜井さんの接客と一品料理が人気となり、連日多くの人がのれんをくぐった。

 開店当時、折しも羽咋は繊維産業の最盛期だった。羽咋駅前の商店街はにぎわい、仕事終わりに「祇園」で料理や酒を味わった客が「2次会は(金沢市の)片町だ」「次は和倉温泉で飲むぞ」とタクシーで遠出するほど羽振りが良かったという。

 しかし隆盛を極めた繊維産業も昭和50年代には勢いを失い、市の人口も客足も少しずつ減ってきていた。逆境でも娘2人を育て、夫を支える桜井さんは病気一つせず、店に立ち続けた。

 「お母さん、お店の名前を変えようよ」。2004年に羽咋駅前へ移転する際、長女真奈美さんのひと言で名字から店名を「さくら」にした。真奈美さんは母と駅前の店に立ったが、翌年、脳出血で倒れて店に出られなくなり、13年に40歳で亡くなった。

 思い出が詰まった「さくら」で桜井さんは料理を出し続けた。桜井さんを「ママ」と慕うファンは数多く、行儀の悪い客は常連客が盾となって追い返した。酸いも甘いもかみ分けた桜井さんを中心に、心を許す客同士が連日詰め掛けた。

 だが、羽咋駅前は02年に商業施設が閉店し、さらに活気がそがれた。近年になって常連客の多くが高齢となったことに加え、コロナ禍が直撃。桜井さんはこれが潮時だとして閉店を決めた。

 13日には常連客グループ10人が来店し、桜井さんに花束を贈った。差し入れのキジ肉で手際よく作られた鍋や、ボラの刺し身などを味わい、客は「駅前がさみしくなる」「次はママと一緒に飲みに行こう」と話し掛けた。

 桜井さんは定休の日曜以外、30日まで昼と、午後8時までの夜の部に立つ。桜井さんは「すごく短い年月だった。お客さまに本当に恵まれた。再開発事業が完成したら、また羽咋駅前は明るくなるさ」と笑った。

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