ニュージーランド地震から10年の追悼の集いで献花する遺族=22日午前8時55分、富山市の富山外国語専門学校

報道陣の取材に応じる遺族。(左から)金丸、横田、菊田、堀田、山谷さん=22日午前9時32分、富山市内

 富山、石川県などの日本人留学生28人を含む185人が犠牲になった2011年のニュージーランド地震は22日、発生から10年を迎えた。留学中の生徒12人が亡くなった富山市の富山外国語専門学校では追悼の集いが営まれ、遺族や在校生らが冥福を祈った。「来年は会いに行くよ」。コロナ禍(か)で渡航できなかった遺族は献花の際に心の中で語りかけ、癒えることのない悲しみを胸に再訪を誓った。

 ニュージーランドは新型コロナウイルス対策で入国が制限され、日本人遺族は被災地クライストチャーチ市で例年開かれる追悼式典の参列を断念した。

 追悼の集いでは、発生時刻の午前8時51分(日本時間)、約100人が1分間の黙とうをささげた。

 参列した遺族13人が献花した後、上田為久校長が「10年を迎えた今、皆さんを失った悲しみと、言葉に表せない無念さが改めて胸にこみ上げる」とあいさつ。在校生代表の水牧日南さん(20)は「亡くなられた先輩方も将来への希望を持たれていたことでしょう。後輩が受け継ぎ、先輩方の分まで多くのことを学んでいきます」と述べた。

 集いは感染防止で規模を縮小して開かれた。開催後、富山外国語専門学校が入る富山市民プラザ前で遺族5人が報道陣の取材に応じた。

 堀田めぐみさん=当時(19)=を亡くした父和夫さん(66)=富山市=はこれまで毎年、現地の追悼式に参列していた。この日は現地で購入したネクタイを締めた。「現地へ行くと、娘に会いに来た実感が強くある。来年は絶対に行きたい」と話した。

 金丸佳世さん=同(19)=の父直弘さん(62)=高岡市=は「娘がもし生きていたら、と考えない日はない。『どこかで会えないかな』と願いを込め、献花した」と涙をこらえた。

 横田沙希さん=同(19)=の父政司さん(65)=富山市=は「やっと10年。命ある限り親として娘を思い続ける」、山谷美奈さん=同(19)=の父信昭さん=高岡市=は「娘が生きた時間の半分が10年。改めて短い人生だったのだという気持ちがこみ上げてきた」と語った。菊田紗央莉さん=同(19)=を亡くした父邦俊さん(70)=金沢市=も思いを語った。

 クライストチャーチ市での追悼式には、アーダン首相も参列。ダルジール市長は「私たちはこの悲劇を通じて永遠につながっている」と述べ、日本人遺族に配慮を示した。現地の復興は、コンベンションセンターが完成間近となるなど、大型開発が進んでいる。

  石川の遺族冥福祈る

 石川県の遺族はコロナ禍で現地に行けず、自宅や墓地、富山市で営まれた追悼式で冥福を祈った。

 ビルの倒壊で亡くなった元北國新聞記者の北川泰(やす)大(ひろ)さん=当時(39)=の父彬(あき)人(ひと)さん(75)=白山市安養寺町=と母恵美子さん(74)は市内の墓前で手を合わせた。彬人さんは「区切りの年として現地に行きたかった。私たちもいつまで生きられるか」と悔しそうに語った。

 語学留学中だった看護師百万元輝(ひゃくまんはるき)さん=当時(27)、津幡町出身=の父寛治さん(68)は自宅からオンラインで現地の追悼式を見守った。「オンラインでも参列できて良かった。区切りを付けるつもりだった今年の思いも携え、また必ずニュージーランドに行きたい」と誓った。

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