SLの汽笛に聞き入る来場者=東京・九段北の靖国神社遊就館

車体には七尾機関区を示す「七」の区名標が取り付けられている

 かつて七尾線を走り、太平洋戦争時にはタイとミャンマーを結ぶ泰緬(たいめん)鉄道で活躍した蒸気機関車(SL)C56形31号機が23日、展示先の靖国神社で約40年ぶりに汽笛を響かせた。旧日本陸軍鉄道第9連隊が創設されてから80年を記念したセレモニーの一環。遺族らは令和によみがえった力強い音に聞き入り、能登を起点にアジアの発展を支えてきた往時の雄姿に思いをはせた。

 機関車の保存会によると、31号機は1936(昭和11)年に造られ、七尾機関区で41年まで使われた。その後、船で運ばれ、泰緬鉄道の開通式で使用された。戦後はタイ国有鉄道に移り、77年に現役を引退。79年に鉄道関係者の尽力で靖国神社に奉納した。

 汽笛は奉納式以来、鳴らされず、車両は境内にある展示施設で保管されてきた。車体には七尾機関区を示す「七」の区名標が取り付けられている。

 車両前で記念セレモニーが営まれ、参列者が献花し、黙とうをささげた。汽笛は配管が老朽化しているため、臨時のタンクにホースで空気を送り込み、2回鳴らされた。

  父思い、感慨

 参列はかなわなかったが、C56形の運転士だった父に憧れ、旧国鉄に入って車掌となった鴻野俊雄さん(74)=七尾市=は汽笛吹鳴の報を聞き、感慨を深めた。鴻野さんは「父が運転するときは、自分に分かるよう汽笛を長めに鳴らしてと頼んでいたのが懐かしい」と話した。

 ★泰緬鉄道 太平洋戦争中、インド進攻を目指した旧日本軍が軍事物資を輸送するため、タイとミャンマーを結ぶ415キロ区間に整備した。1942年に工事が始まり、鉄道連隊のほか、連合国軍の捕虜や現地住民ら約10万人以上が作業に従事した。雨期のジャングルを切り開く過酷な労働環境の中、約1年3カ月で完成した。戦後は部分的に撤去された。映画「戦場にかける橋」でも描かれている。

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