お熊甲祭に向けて枠旗を虫干しする熊野壮年団員=七尾市中島町中島の熊野社

  親子3代の縁感じ

 20日に七尾市中島町宮前の久麻加夫都阿良加志比古(くまかぶとあらかしひこ)神社で行われる国重要無形民俗文化財「お熊甲祭(くまかぶとまつり)」の神事に合わせ、同町中島の熊野壮年団は明治期に製作された深紅の枠旗を46年ぶりに掲げる。19日、地元の熊野社で壮年団員やOB約30人が倉庫から枠旗を運び出して虫干しし、中島の伝統行事を彩る準備を整えた。

 枠旗の生地は縦7メートル、横90センチ。上部に金色の刺しゅうがあり「和気兆豊年 梅守謹書」の文字が記されている。熊野町会元会長の嶽武次さん(75)によると、旗が作られた年が分かる記録はないが、記されている文字は江戸後期~明治期の地元の有力者、大野二三(ふみ)氏の筆で「梅守」は大野氏の雅号だという。

 旗は1975(昭和50)年まで祭りで使用され、旗を地面に着く寸前まで傾ける妙技「島田くずし」にも使われていた。翌年に旗を新調したのを機に、当時のキリコ会館(輪島市)に貸し出され、2017年に返却された。

 山本和幸壮年団長(41)によると、旗を貸し出した時の区長は祖父の春雄さん、返却された時の町会長は父喜明さん(69)だったという。旗に奇妙な縁を感じ、団長になった年の祭りで担ごうと考えた。

 しかし、団長に就任した20年は新型コロナウイルスの感染拡大で枠旗や神輿(みこし)の巡行が中止になった。通常1年限りの団長の任期を延長し、山本団長は今年に望みをつないだが、コロナ禍は収まらず、2年連続の中止が決まった。

 今年での引退を決めている山本団長は「協力してくれた壮年団の仲間や住民に感謝したい。旗を掲げることで地元を元気づけられたらうれしい」と話した。

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