銀メダルの喜びを報告する宮島選手(右)と岩井選手=富山新聞社

  本社で笑顔「もっと競技見て」

 東京パラリンピックの車いすバスケットボール男子で銀メダルを獲得した宮島徹也(32)=砺波市、オー・エル・エム・デジタル=と岩井孝義(25)=魚津市、SMBC日興証券=の両選手は14日、富山新聞社を訪れた。2人は地元の応援が力になったとし、色紙に感謝の言葉をつづった。競技への関心の高まりを喜び「もっと競技を見てもらい、継続して応援してほしい」と笑顔を見せた。

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 過去最高の7位から大躍進した東京大会から1週間が過ぎた。富山に戻ってからは大会前との変化に驚きの連続で「すごく注目してもらっていたと実感している」と宮島選手。小矢部市にある妻の実家に行くと近隣住民から「おめでとう」と声を掛けられた。岩井選手も魚津市内のスーパーで買い物客から祝福されと言い、「うれしかったし、びっくりした」と声を弾ませた。

  富山で磨いた連係

 決勝で優勝した米国を最後まで追い詰め、準決勝では2018年世界選手権覇者の英国から金星を挙げた。富山コンビは積極的な守備で奮闘し、日本男子初のメダル獲得に貢献した。

 宮島選手と岩井選手はともに富山県車椅子バスケットボールクラブ(県WBC)に所属する。床を傷つけやすいため練習場所の確保も難しい車いすバスケ。宮島選手は富山市内でのチーム練習のほか、金沢市で自主トレーニングに励み、魚津市で岩井選手と一緒に練習することも度々あった。

 岩井選手はアウトサイド、宮島選手はインサイドの守備を任され、普段から連係を磨いてきた。宮島選手は「インを抜かれたら俺のせい、アウトを抜かれたらお前のせいなと言って練習してきた」と言い、岩井選手は「徹(てつ)さんと組んで良い感じの守備ができた」とうなずいた。「ディフェンスで世界に勝つ」という目標へ2人で高め合ってきた。

 次のパリ大会は3年後。岩井選手は「東京大会の試合の動画を見返している。どのような3年間を過ごすか考え、さらに成長したい」と金メダルを見据えた。宮島選手は「年々体が動かなくなってきた。まずは体の調子をメンテナンスし、それから考えたい」と話した。

 「コロナが収まったらチームの練習や試合も見てもらいたい。継続して注目されるよう頑張りたい」と宮島選手が言えば、「タイヤがこすれる音、車いすがぶつかる衝撃は生で観戦しないと分からない」と岩井選手。富山コンビは競技のさらなる普及を願っている。

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