東京五輪の飛び込み競技で審判員を務める浅田さん(左)=7月30日、東京アクアティクスセンター

 8日に閉幕した東京五輪の飛び込み競技で、1988年ソウル五輪に選手として出場した能美市寺井町の浅田雅子さん(50)が審判員として大会を支えた。立場を変え、33年ぶりに踏んだ大舞台は選手の時とはまた別の緊張があったと振り返る浅田さん。「ジャッジが選手の未来を左右すると思うと責任の重さを感じた」と語り、審判員として国際大会で経験を積んでいきたいと意欲を示している。

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 飛び込みは7月25日~今月7日に行われた。国際審判員の資格を持つ浅田さんは国際水泳連盟から25人の審判員に日本人でただ1人選ばれ、高飛び込みと板飛び込みの男女個人予選でジャッジした。選手が着水するまでは約1・8秒で、一瞬のうちに判定を下す難しさを改めて感じたという。

 33年ぶりの五輪は現役時代と雰囲気が随分違っていたとし「ソウルでは照明のパフォーマンスや大音量で流れる音楽がなかったと思うので、とても新鮮だった」という。選手同士が鼓舞し合い、たたえ合う姿が印象的だったと感想を口にした。

  日本人活躍で出番は予選のみ

 同じ国の選手が準決勝や決勝に出場する場合は原則として審判員を務めることができないため、浅田さんの出番は予選のみだった。「もう少ししたかったが、日本人が活躍した証しなので良かった」と喜ぶ浅田さん。日本人審判員としての大役を果たし「経験を積んで、もっともっと頑張りたい」と意気込んだ。

 今大会ではスケートボードなどで10代の日本勢の活躍がめざましく、浅田さんは「まさに好きこそものの上手なれ」の言葉が身に染みたという。自身も能美市のスポーツクラブで子どもたちを指導しており、「早く好きなものを見つけて、こだわることが大切だと教えていきたい」と話した。

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