東京五輪聖火リレーの石川県内2日目、県庁前をスタートする走者の列=1964年10月1日、金沢市広坂2丁目(カラー化制作=アジャストフォトサービス、監修・協力=金沢学院大)

カラー化前の白黒写真

  たなびく白煙、見送る5千人

 澄みきった青空の下、シイノキの緑と、れんがの茶色が明るく映える。何より目にまぶしいのは、日の丸が染め抜かれたランナーたちの純白のユニホームだ。

 石川県で行われた東京五輪の聖火リレー2日目の1964(昭和39)年10月1日、走者は午前8時35分に県庁(現しいのき迎賓館)をスタートした。

 先頭の第1走者はトーチを手に、2列のランナーを従えてさっそうと走る。その人、広端(ひろはた)恵子さん(74)を小松市安宅町に訪ねた。「あ、きれい、きれい、きれい」。老眼鏡を掛けてカラー写真を見るや、広端さんは声を弾ませた。

 自身が写った聖火リレーの写真は何枚もある中で、スタート直後のこの一枚が一番のお気に入りという。鮮やかな空の色に、広端さんの心が57年前へと飛ぶ。

 「さわやかで、すっごい、いい天気やったね」。透き通った秋の空気に、聖火の白煙がたなびいている。

  歓声聞こえず

 十重二十重(とえはたえ)の人垣が、走り去る聖火をじっと見つめる。県庁の屋上や車寄せの上にも職員が鈴なりだ。当日の北國新聞夕刊は、タクシーで乗りつけた家族連れや通勤途中のサラリーマンらで、県庁前広場は5千人の人出で埋まった、と伝える。

 聖火を手に県庁から南町まで駆けた道のりは、広端さんにとって終生忘れ得ぬ光景だ。だが緊張のあまり、最初は大歓声もほとんど耳に入らなかったという。

 「ふわふわ、現実じゃないような感じだった」。香林坊交差点を曲がって、ようやく少し落ち着きを取り戻した時、空から紙吹雪がはらはらと降ってきた。

 今年予定されていた東京五輪の県内聖火リレーは、公道での実施が中止になった。今見ると、57年前の日本晴れが一層まぶしい。

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