整備事業が完成した「遊泉寺銅山ものがたりパーク」=小松市鵜川町

 コマツ発祥の地である小松市鵜川町の遊泉寺銅山跡に8日、銅山の遺構を生かした「遊泉寺銅山ものがたりパーク」がオープンした。同日、コマツの創業100年の今年に合わせて進められた5カ年計画の整備事業の完成式が行われ、市や小松商工会議所、地元の関係者ら約60人が鉱山町として栄えた一帯が学びの場、交流の場として発展するよう願った。

 市と同会議所、コマツ、地元の鵜川、遊泉寺、立明寺(りゅうみょうじ)の3町内会が2017年、遊泉寺銅山跡整備事業実行委員会を設立。銅山の歴史を学べる休憩施設「里山みらい館」の建設、銅山遺構のシンボルである巨大煙突の周辺整備、砂山(標高170メートル)の頂上などを巡る登山道の整備などを進めた。

 園内の散策を楽しめるよう銅山街跡などに鐘楼、里山みらい館などに解説板をそれぞれ設置。前後の拠点への距離や方向を記した誘導サインも各所に設けた。

 完成式であいさつした実行委会長の西正次同会議所会頭は「小松のものづくりの発展と人づくりの精神の礎を築いた地として、さまざまな方々がその物語を語り合い、次世代へと継承してもらいたい」と述べた。

 宮橋勝栄市長と高野哲郎市議会議長、保川高司コマツ粟津工場長が順に祝辞を贈り、地元代表で鵜遊立地域活性化委員会の西尾皓史委員長が謝辞を述べた。

 総事業費は2億4400万円。市の予算のほか、コマツの企業版ふるさと納税、市内外の企業・個人から集まった272件の寄付で賄った。

 完成式に先立ち、コマツ創業者竹内明太郎氏の功績をたたえる記念式典も行われた。

 ★遊泉寺銅山 1772(安永元)年に開坑された後、明治から大正にかけて、竹内明太郎氏の経営手腕で発展。銅山の機械修理製造部門が現在のコマツにつながった。1916(大正5)年頃には従業員が1600人を超え、家族を含め約5千人がいた。周辺には小学校や病院、郵便局、衣料品店などが並び、銅山専用の鉄道も敷設され、鉱山町として栄えた。1920年に閉山した。

無断転載・複製を禁じます