宮永正隆さん

 人気アニメ「ちびまる子ちゃん」のナレーションを担当してきたキートン山田さんが番組を降板した。名フレーズ「まるちゃんって一体…」に込められた思いとは? 少女漫画「りぼん」で、原作者さくらももこさんを担当し、「ちびまる子ちゃん」のアニメ化にも携わった元編集者、宮永正隆さんが、北國新聞エッセー「みーやんの金沢ポップンロール」で思い出を初めてつづった。

  圧倒的な個性

 少女漫画「りぼん」編集者として6年目の1989年秋、私の担当漫画の一つ「ちびまる子ちゃん」にアニメ化の打診があった。「スポンサーはNTT単独提供、枠はフジテレビ日曜18時(サザエさんの前)」という最高のオファーだった。私は社命を受け、その作品を誰よりも知っている立場として全面監修する事となった。

 まず、まる子役の声優選びだ。第1話(夏休み前の終業式で観察用のヘチマなどを持ち帰る場面)の朗読テープを次々と聴いた。上手な声優は他のアニメでも既に主要な役を務めているから「〇〇の声」となってしまう。主役経験がないのに技量があり可愛(かわい)い声。そんな存在に出会いたい。「TARAKO」という不思議な名が書かれたテープを聴いた時の感動は今も憶(おぼ)えている。圧倒的な個性と愛らしさ。まる子ってこんな声だったんだ。私の決断に、監督は「ホームランか大外れだなあ」と微笑(ほほえ)んでくれた。

 このアニメには「ナレーター」も重要となる。女声、男声どちらがよいのか。「大人になった作者」の突っ込みともいえるが「神の視点」だったりもする。作者の持ち味は「女性を売り物にしない文体」だから、男にしよう。それは重厚な声でも、優しい声でもない。無表情に言い放つ声だ。ナレーター候補のテープ群にそんな声を1人見つけた。カセット・ケースにはこれまた無名の「キートン山田」という名が書かれていた。

 声優陣が決まり、いよいよアフレコだ。演技指導はアニメの監督ではなく、音響監督の仕事だ。今では有名な「まるちゃんって一体…」という台詞(せりふ)をいざ録音する場面に来た時、音響監督は「キートンさん、この台詞は尻切れトンボなので『まるちゃんって一体…何だろう』と付け加えて下さい」と指示した。私は慌てた。既に単行本が第5巻まで刊行され、読者に定着している台詞回しは変えるべきでない。これぞ私が居る意味だった。音響監督の顔を潰(つぶ)さぬよう気遣いながら、そのフレーズの重要性を説明して改変を防いだ。これは一例に過ぎず、同様の局面はとにかく無数にあった。

  それ以降の出来事

 アニメは翌90年1月から放映開始。蓋(ふた)を開ければ視聴率はアニメ史上最高記録39・9%を樹立。大晦日(おおみそか)には「おどるポンポコリン」がレコード大賞受賞&紅白歌合戦出場と大忙しだった。

 あれから31年。物故者もいる。水谷優子(お姉ちゃん)、富山敬(初代・友蔵)、青野武(2代目・友蔵)、そして、さくらももこ。

 宇宙から見れば人の生涯など一瞬だ。明治の文化人の交友録が後年研究されているように、この時代の人脈図も後に研究されるのだろうか。文化という大河はこんな営為の集積なのか。

 以上「キートン山田、まる子のナレーターを勇退」の報を受けての思索なり。

 私がまる子の思い出を書いたのはこれが初めてだ。

 ★みやなが・まさたか 音楽評論家・金大オープンアカデミー「ビートルズ大学」学長。1960年、金沢市橋場町に生まれる。材木町小、兼六中、二水高、早大卒。集英社「りぼん」編集者として柊あおい・さくらももこ等を担当。読者投稿コーナー「みーやんのとんでもケチャップ」も人気を集めた。著書「ビートルズ来日学」はアマゾン1位、ミュージック・ペンクラブ・ジャパン最優秀出版物賞。

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