鈴木華邨の遺品から見つかった「小原古邨」と書かれたスケッチ帳(左)=金沢市の石川県立歴史博物館

スケッチ帳には墨で、鳥の姿などが描かれていた

 4月に歴博で展示

 明治の金沢に生まれ、花鳥の木版画で欧米の人々を魅了した絵師、小原古邨(おはらこそん)(1877~1945年)が、19歳の時に描いた可能性のあるスケッチ帳が27日までに、石川県立歴史博物館(金沢市)の調査で見つかった。4月24日に始まる同博物館の春季特別展「小原古邨―海をこえた花鳥の世界―」(同博物館、北國新聞社主催)で展示し、知られざる絵師の画業に光を当てる。

 スケッチ帳は縦25センチ、横16センチ。表紙には「小原古邨」と朱書されており、「明治二十九年」(1896年)と貼り紙がされていた。中にはワシやキジ、カケスといった鳥や、ボタンなどの花が筆で克明に描かれ、一部が着色されていた。

 県立歴史博物館の中村真菜美学芸員が東京の古書市場で確認した。古邨の師である日本画家鈴木華邨(かそん)(1860~1919年)の写真や日記などの遺品に含まれていた。スケッチ帳は、写生を重んじた華邨が、弟子の古邨に提出させた「宿題」だった可能性がある。

 金沢の下本多町五番丁(現在の本多町3丁目)に生まれた古邨は、日本美術の再評価に取り組んだ米国人フェノロサの後押しを受けたとされる。生命の躍動にあふれる木版画が欧米で高く評価され、19世紀末から20世紀初頭に活躍したウィーンの画家グスタフ・クリムトも古邨作品を所有していた。

 古邨の作品は2019年に世界的ブランド・パテックフィリップ社の高級腕時計の文字盤の原画として採用されるなど、色あせぬ人気を示すが、国内に作品がほとんど残らず、海外での評価に比して、日本国内での知名度は乏しかった。

 古邨が華邨と出会った経緯や東京で活躍した古邨が金沢を離れた時期は不明で、見つかったスケッチ帳は経歴の空白期を埋める貴重な資料となりそうだ。

 ただし、スケッチ帳には微妙に画風の異なる絵が交じり、中には「小原古邨殿」という記述もある。中村学芸員は「複数の人物が描いたスケッチをつづり直したことも考えられる。慎重な分析が必要」と話している。

 「小原古邨―海をこえた花鳥の世界―」は、金沢で開かれる初の里帰り展となる。中外産業(東京)の原安三郎コレクションの古邨作品をはじめ約360点を6月27日まで展示する。

  北國文華で特集

 北國新聞社が3月1日に発売する季刊「北國文華」第87号は「欧米を虜(とりこ)にした知られざる絵師 小原古邨」を特集し、足跡を探っている。

 ★小原古邨 鈴木華邨に師事し、東京で花鳥専門の絵師として活躍した。「祥邨」「豊邨」の号も用いた。1933(昭和8)年にワルシャワで開かれた国際版画展に出展した時には967枚の木版画注文が入った。金沢市の真宗大谷派仰西寺に墓所がある。

 ★鈴木華邨 幕末の江戸生まれの日本画家。花鳥画を得意とした。華邨は1889~93年に、金沢の石川県工業学校(現在の県立工業高)に招かれ、図案を教えている。

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