最後に運び出される牛を見詰める駒寄さん=6日午前10時15分、能登町当目

  ●最後の6頭見送り

 別れを惜しむかのように、山あいに「モー」と鳴き声が響いた。最盛期には150頭の県産ブランド牛「能登牛(のとうし)」を育てた能登町当目にある柳田肉用牛生産組合の牧場。能登半島地震で牛舎がゆがみ、牧場裏の崖は崩壊した。元日に襲った大災害の影響は深刻で、組合長の駒寄(こまよせ)正俊さん(70)は、後継者が決まった矢先だったが廃業を決断した。6日、最後に残った6頭を移送するトラックを見詰め「情けないが、どうにもならん」と立ち尽くした。

  ●父から継ぎ20年 後継決まった矢先

 柳田肉用牛生産組合は1990年創業。駒寄さんは20年ほど前に父親から引き継ぎ、牛舎を改築して事業を広げてきた。食肉用として鹿児島まで出荷された牛もいたという。

 牧場は地震による土砂崩れで道路がふさがり一時「孤立」。ドローンで水を運んでもらい、牛に雪を食べさせるなどしたが、4頭が死んだ。1月末に道路は通れるようになったものの、牛舎は柱が曲がって床も隆起し、崩落した裏手の崖は施設ぎりぎりまで迫っている。

 駒寄さんと一緒に牛を見詰める男性がいた。昨年10月に駒寄さんの後継者として組合に入り、今年から事業を取り仕切るはずだった卯木崇文さん(44)=輪島市河井町=だ。

 事務所スペースに浴室を設けるなど、卯木さんが住み込んで働けるよう改修したばかり。「結局1回も使わないままでした。途方に暮れますよ」と卯木さん。駒寄さんは「こんな状態で引き継ぐことはできん」と承継を断念した。

 牧場に100頭いた牛は1月29日から県内の牧場に順次移され、最終日となった6日は白山市内の畜産農家に運ばれた。トラックに一度だけ手を振り、見送った駒寄さん。「自分なりに無我夢中で一生懸命やってこれたかな」と悔しさを押し殺し言葉を絞り出した。(谷内俊介)

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