全国の地方新聞社に、能登半島地震の被災地を気遣う読者投稿が多数寄せられています。地方紙連携の緊急企画として、12の新聞社から提供を受け、北國新聞の読者に各地のメッセージをお届けします。

  ■河北新報・宮城

  18時間かけ輪島へ

 名取市職員、大友和師さん(49) 輪島市に1月6~8日、応援派遣されました。給水車で18時間かけて到着し、活動しました。東日本大震災では自宅が全壊しました。石川から応援職員を市に長期派遣してもらい、足を向けて寝られないほど恩義があります。今回は私たちが恩返しする番です。

大友和師さん

  人に頼ってほしい

 石巻市・秀光中2年生、大橋もも音さん(14) 東日本大震災のことは覚えていませんが、自宅は全壊し、建て直さなければいけませんでした。祖父の仕事の一つは借家業です。家族だけでは借家の泥かきができませんでした。ボランティアの人たちに復旧作業を手伝ってもらい、とても助かったそうです。能登の皆さんの心と体が心配です。無理をしないでください。家族の話から、人に頼れるところは、頼っていいと思います。

大橋もも音さん

  ■新潟日報・新潟

  希望持って歩みを

 長岡市職員、五十嵐豊さん(58)=中越地震の被災を描いて映画にもなった絵本「山古志村(やまこしむら)のマリと三匹の子犬」のマリの飼い主 まるで自分のことのように感じます。皆さま、故郷を離れるつらさ、生活再建への不安を抱かれていると思います。私たちもそうでした。でも、全国の皆さまに助けられ、励まされ復興へ歩むことができました。決して一人ではないんです。希望を持ってください。

五十嵐豊さん

  今が一番つらい時

 小千谷市・若栃集落の細金剛さん(71)=中越地震後、集落のコメ生産や農産物の加工販売を手がける株式会社を立ち上げた 中越地震で集落は7割以上の農地が被害を受け、集落内に諦めムードもありました。でも、みんなと夢や希望を語り合うことで復興に取り組んできました。能登の皆さんは今、先が見えずに一番つらい時期だと思います。一歩ずつでいい。前に進んで行きましょう。

細金剛さん

  ■信濃毎日新聞・長野

  輪島塗担い手心配

 佐久穂町の漆芸家伴野崇さん(40)と妻で漆芸家の井坂友美さん(35) 二人とも石川県で輪島塗を学びました。輪島塗に携わる人たちを支援するため、自分の作品や仲間の作品をウェブでチャリティー販売しています。原価を除いた収益の全額を支援金に充てるつもりです。あれだけ街が崩れたら輪島塗をやめてしまう人も出てくるかもしれません。元々の担い手不足に拍車がかかってしまうのではないかと心配しています。作品は、伴野漆工藝製作所のホームページから購入できます。手に取ってもらい、輪島塗を見てほしいです。この技術がなくなってしまうかもしれないことを知ってほしいと思っています。

出品する漆器を持つ伴野さん(左)と井坂さん

  ■福井新聞・福井

  妹夫婦と輪島思う

 福井市の松原寿栄さん(80) 輪島市在住の私の妹夫婦は大みそかに福井の実家に帰省していましたが、家は損壊し、今後住める見通しはたちません。片道7時間かかって様子を見に行き、とりあえず必要な物だけ積んで帰ってきました。妹は「避難所暮らしや車中泊の友人や知り合いは長期間風呂に入れず不自由な生活をしているのに申し訳なくてつらい」と言います。妹も、被災された方も早く元気を取り戻せるようにと願っています。

  天国と地獄を見た

 越前市の國定芳子さん テレビに映る火災、道路状態、建物被害など、もうまともには見られません。正月の朝の爽快感から一転、まるで天国と地獄を一度に見たような気持ちです。これから寒さが増すばかりです。どうか被害にあわれた方々、少しでも体を温め、皆さん手を取りあって頑張ってください。

  ■静岡新聞・静岡

  また祭りをやろう

 伊豆市の地域おこし協力隊、奥勇太朗さん(30)=金沢市出身 「能登はやさしや土までも」。教師として珠洲で暮らした7年間、この言葉を実感しました。私は能登が大好きです。能登に住む人たちもまた、能登が大好きなことを知っています。だからこそ、いつの日か、もう一度みんなで、思いっきり祭りをやりましょう。伊豆の地から応援しています。

奥勇太朗さん

  連絡待っています

 富士宮駅前通り商店街振興組合理事長、増田恭子さん(74) 15年ほど前、珠洲市飯田町のおかみさんたちに富士宮やきそばの作り方を教えに行き、それ以来、3カ月に1回、約100食分のやきそばセットを送ってきました。窓口の今井商店さんを通じ、今も奥能登の名産品を店に置かせてもらっています。困っていることがあれば頼ってほしい。連絡待っています。

増田恭子さん

  ■京都新聞・京都

  必ず応援行きます

 南山城村の道の駅「お茶の京都 みなみやましろ村」運営会社社長の森本健次さん(56) 羽咋市にある道の駅「のと千里浜」は客がほとんど訪れない苦境が続いていると聞き、商品の一部を引き取りました。餅菓子「おだまき」は、応援を呼び掛けるポスターを張るとすぐに完売しました。落ち着いたら必ず応援に行きます。

森本健次さん

  県人会で募金活動

 京都市左京区の竹下義樹さん(72)=京都石川県人会会長 会員たちは居ても立ってもいられず、京都市の繁華街で1月20日から募金を始めました。輪島にある私の実家は倒壊し、珠洲出身の会員は姉夫婦を亡くしました。小銭を握りしめて駆け寄ってくる子どもがいたり、募金には本当に多くの京都市民が協力してくれました。今後も月2回のペースで実施します。石川の皆さん、くじけず、古里をよみがえらせてほしい。ずっと応援し続けます。

竹下義樹さん

  ■神戸新聞・兵庫

  恩は「送る」もの

 元神戸市職員で、一般社団法人「アスミー」代表の秋田大介さん(47) アスミーは全国の自治体職員らが所属し、災害時に助け合う団体です。今回は能登に水や簡易トイレなどを届けました。私のようなボランティアが来たらどうぞ遠慮しないで。阪神・淡路大震災で神戸は多くの人に助けられました。恩は「返す」のではなく、次の被災地へ「送る」もの。今後も、お手伝いをしていきたいです。

秋田大介さん

  復興するまで応援

 神戸市垂水区の奥村真理さん(50)=能登町出身 元日に実家に帰省して被災しました。地球が割れるような激震、恐怖に今も戦慄(せんりつ)しています。能登を心配する電話、メールが毎日のように届き、私が開く料理教室の収益の寄付を決めました。自然豊かで美しい故郷が復興するまで、かつての被災地・兵庫の人々は応援しています。

奥村真理さん

  ■山陽新聞・岡山

  珠洲焼の再起願う

 備前市伊部の備前焼窯元、松熊健二さん(38) 珠洲焼と備前焼は、共に中世より続く焼き締め陶として交流を重ねてきました。昨年11月に珠洲市を訪問し、5月の地震から再建したばかりの窯を見せてもらい、一緒に喜びを分かち合ったところでした。元日の地震では、その窯も壊れ、甚大な被害を受けたと聞く。再起を誓う現地からの声に、伝統をつないでいく強い思いを感じました。焼き物をなりわいとする仲間として、息長く伴走したいです。

松熊健二さん

  全国の人が心寄せ

 倉敷市真備町川辺、住民団体「川辺復興プロジェクトあるく」代表、槙原聡美さん(44) 西日本豪雨で私たちのまちは大きな被害を受け、私自身も被災しました。日常が突然奪われ、現実を受け入れることができなかった。それでも前を向こうと思えたのは、全国からボランティアの皆さんが大勢駆け付けてくれたからでした。私たちは一人ではないのだと励まされた。皆さんも決して一人ではない。全国の人たちが「あなた」に思いを寄せています。

槙原聡美さん

  ■中国新聞・広島

  故郷の力強さ実感

 広島市安芸区の杉本義守さん(76)=広島石川県人会会長 1月21日に広島県で開かれた全国都道府県対抗男子駅伝競走大会で、石川県チームの選手たちがひたむきにたすきをつなぐ姿に、故郷の力強さを感じました。沿道からは大きな声援が送られ、県人会の募金活動にも多くの人が協力してくれました。遠く離れていても多くの人が心を寄せてくれていると実感しています。

杉本義守さん

  第2の古里の力に

 航空石川高野球部1年、櫻井成さん(16) 東広島市の実家で待機しながら自主練習を続けています。輪島市での寮生活はまだ1年足らずですが、穏やかな雰囲気の町が大好きで「第2の古里」と感じています。その町がひどい被害を受けてとてもショックです。まずは3月の選抜高校野球大会で石川県に明るい話題を届けられるよう、部の一員として精いっぱい役割を果たしたい。輪島に戻れた日には仲間とボランティアをして復興の力になりたい。

櫻井成さん

  前向いて頑張って

 広島市安佐南区のLIXIL(リクシル)中国支社長、糸井鉄也さん(50) 昨年9月までの5年半、北陸支社の営業責任者として金沢市で過ごし、休日には七尾市の和倉温泉や輪島市の輪島朝市に出向いた思い出があります。地震の後、支社の仲間たちから連絡をもらって安心する一方、テレビに映る見覚えのある街並みの変わり果てた姿に言葉を失いました。「頑張って」と軽率には言えませんが、それでも前を向いて頑張ってほしいです。復旧支援のため、ビジネスパートナーと密に連携し全力を尽くす所存です。

糸井鉄也さん

  ■高知新聞・高知

  私にも能登の血が

 高知市の会社社長、磯木保広さん(56) 父親が七尾市能登島町出身で、私にも能登の血が流れています。帰省するたび祖母ケ浦(ばがうら)の美しい景色を見て育ちました。和倉温泉の「能登よさこい祭り」は高知と縁が深い祭りで、私もチームの仲間と12回参加しました。和倉の皆さんがいつも温かく迎えてくださったことをよく覚えています。よさこいチームや企業に呼びかけ、支援物資の水や募金を集めています。どうか皆さんの笑顔が1日も早く戻りますように。

磯木保広さん

  涙止まらなかった

 高知市の会社員、宮本清美さん(60)=能美市出身 ニュースに涙が止まりませんでした。私が暮らした地域は震度5強。どんなに怖かったでしょう。いまだに安否不明の方がいます。忍耐強い県民性ですが、今はがまんしないでください。つらい、助けて、◯◯が足りないと声を上げてください。私の大好きな故郷石川。懐かしい方言を話す人たちが笑顔になれるまで、一緒に頑張りましょう。

  ■熊本日日新聞・ 熊本

  私たちが助ける番

 高森町の中学2年生、谷川愛莉さん 8年前、熊本でも地震がありました。当時、私は小学1年生でした。楽しみにしていた小学校が休校になり、なかなか友だちと会えなかったり、遠足などの行事がなくなったりしましたが、世界中からたくさん助けてもらいました。今度は私たちが助ける番だと思い、生徒会で募金を実施することにしました。できることに取り組んでいきたいです。

  教員も同じ被災者

 熊本市の元中学校教諭、松原三也子さん(61) 熊本地震の際、勤務先の中学校が避難所となり、多くの同僚が対応に当たりました。しかし私は、高齢の母の介護のため、夜間の当番に加われませんでした。管理職も同僚も気遣ってくれましたが申し訳なく、今でも胸が締め付けられます。教員は責任感が強く、子どもや地域のために尽くすのが当たり前だと考えやすい。しかし、そんな教員も被災者であることを頭の片隅に置いていてもらいたいです。

  ■南日本新聞・鹿児島

  お年玉を寄付した

 鹿児島市立喜入小2年、小窪蒼士君(8) お正月のテレビで、地震があったと知りました。ぐちゃぐちゃになった町の様子を見た時、「何をどうしたらいいの」と心の声が口から出ました。僕には「助かって」と祈ることしかできないと思うと沈んだ気分になりました。有名人が被災地に寄付するというニュースを見て、1分くらい迷い、もらったばかりのお年玉を寄付すると決めました。少しでもできることから始めようと思います。

小窪蒼士君

  ワイナリーを支援

 霧島市国分の森山久美さん(51)=羽咋市出身 高校まで羽咋市で暮らしました。家族や親戚は無事でしたが、身近な場所でも大きな被害を受けていました。爪痕の深さを思うと言葉もないです。霧島市で経営するワインバーで被災した輪島市のワイナリーの商品を提供することにしました。売り上げは義援金として寄付を考えています。被災者に一日も早く日常が戻ることを祈っています。

森山久美さん
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