富山のニュース 【5月28日03時20分更新】

愛本刎橋を珠洲で調査 黒部市が復元で第一弾

黒部市が調査する船客帳=珠洲市馬緤町
 加賀藩五代藩主前田綱紀が黒部川に架橋し、日本三奇橋の一つとされる「愛本刎橋(は ねばし)」の復元を目指す黒部市は六月二日、珠洲市内で保存されている古文書を調査し 、同橋建設との関係を探る。珠洲市訪問は同市若山町の陶芸家、為重功さん(71)が同 橋の設計図を黒部市に譲ったのがきっかけで、黒部市にとっては復元に向けた取り組みの 第一弾となる。

 珠洲市を訪れるのは、黒部市の中谷延之副市長と中山慶一教育長、庭田龍祥教育委員長 、文化財保護審議会委員ら約二十五人。黒部市は今年三月、為重さんから設計図「越中新 川郡愛本橋百分一之図」を譲り受けた。黒部市教委によると、愛本刎橋に使用されたケヤ キは、珠洲から黒部に海上輸送されたとも言われている。

 このため訪問団は、先祖が船宿を営んでいた珠洲市馬緤町の狩野左門さん(67)宅に 代々伝わる「船客帳」を調べる。船客帳には一八四七(弘化四)年から一八五六(安政三 年)までの船名や船主、地域、積み荷、入船日などが詳しく記されており、珠洲で伐採し たケヤキが黒部に運ばれた可能性を探る。

 また、三崎町の本龍寺に残る、珠洲から運んだケヤキを使用した東本願寺正門の錦絵や 、同じく珠洲のケヤキを東本願寺正門に使用したことを記録した、若山町の正福寺が所蔵 する会計簿も調べる。

 黒部市教委は建設当時の土木技術や歴史的背景を少しずつ解明していく方針で、「まず は珠洲市と愛本刎橋の関係性を明らかにし、復元のための土壌を作りたい」(生涯学習課 )としている。

●愛本刎橋 1662(寛文2)年、加賀藩5代藩主前田綱紀が黒部川のはんらんによる 交通の不便を解消するため架橋した。全長63メートルで、橋脚を設けずに両岸から大木 をはね出すように組み合わせ、中央部でつなぎ合わせた工法が特徴。1891(明治24 )年に木造のアーチ橋に変わり、1972(昭和47)年に現在の鋼製アーチ橋が下流約 60メートルに架けられた。


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