ホッとニュース 【2月28日03時39分更新】

明治期の石川記す 未確認の北國新聞250日分、横浜で保管

上田教授が入手した神奈川近代文学館が所蔵する北國新聞のコピー
 現存が確認されていなかった明治後期の北國新聞の一部を、横浜市の神奈川近代文学館 が保管していることが27日までに、國學院大文学部の上田正行教授の調査で分かった。 日清戦争時に金沢から出征した部隊の動向や金沢出身の作家泉鏡花、藤岡東圃(とうほ) (作太郎)、当時金沢にいたジャーナリスト石橋忍月(にんげつ)の活躍が紙面からうか がえ、上田教授は「明治の石川を知る上で貴重な発見」と話している。

 北國新聞社は1893(明治26)年8月5日の創刊以来の紙面をマイクロフィルムと して保存、公開しているが、明治後期の一部が欠落している。

 同文学館が所蔵している紙面は、1894年6月30日付から1901年11月10日 付までの期間の約780日分。

 この期間に、これまでに確認されていなかった紙面が約250日分あり、この中に鏡花 が本紙で初めて連載した小説「黒猫」のうち最初の9回分(1895年6月22〜30日 付)のほか、東圃が初めて執筆した小説「薄曇月橋(うすぐもりつきはし)物語」全20 回分などが確認できた。本紙の編集顧問を務めた忍月も「冥途(めいど)通信」と題した 随筆などを執筆していたことが分かった。

 さらに、日清戦争で金沢から出征した陸軍兵士3人が福井県の丸岡―武生間で病死した ことを伝える記事(94年9月11日付)もあり、このニュースをもとに、鏡花が短編「 予備兵」(同年10月)を執筆した可能性が大きいことも明らかになった。

 見つかった北國新聞は福井県出身のジャーナリスト、高木健夫(たけお)氏(故人)が 寄贈した「高木健夫文庫」に含まれていた。神奈川近代文学館によると、高木氏の収集品 は1984(昭和59)年に寄贈されている。

 金大在職中から石川の近代文学を研究してきた上田教授は「創刊翌年の紙面を手にして 、心が震えた。付録や号外も保管されているので、文学以外の研究者も活用できるのでは ないか」と話した。

 石川県立歴史博物館の本康宏史学芸課長は「北國新聞は創刊以来続いていることに意味 がある。隠れていた部分が明らかになる意義は大きい」と語った。


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