松波城跡で新たに見つかった堀立柱建物の遺構。物見やぐらとして使われていたとみられる=能登町松波

松波城にやぐら、屋敷 能登町教委、6棟分の遺構確認

2018/03/24 02:13

 能登町松波の町史跡「松波城跡」に、建物6棟の柱の跡とみられる遺構が存在することが、町教委の調査で分かった。このうち4棟は見張りと海上監視用の物見やぐら、2棟は屋敷だったとみられる。見つかった柱の跡周囲の出土品から、町教委は城跡にある国名勝「旧松波城庭園」と同じ室町後期の15世紀後半に築かれたとみている。25日午後1時半から現地説明会を開く。

 

 松波城跡約20ヘクタールのうち、庭園の枯れ山水が見つかった場所など4カ所計280平方メートルで町教委が2014年から発掘調査を行っていた。

 

 松波城跡のうち最も高い標高28メートルの調査区域で、やぐらが建てられたとみられる堀立柱の遺構が4カ所確認された。

 

 敷地面積はそれぞれ約12平方メートルで、来襲する敵を早期に見付ける物見やぐらの役割を担っていたとみられる。侵攻を阻む柵の列が尾根に沿うように設けられた痕跡もあった。

 

 別の調査区域では、盛り土をして平らな面を造った跡と屋敷の土台となる礎石が見つかった。当時の城内に生活基盤となる屋敷が築かれていた可能性がある。枯れ山水の遺構で見つかっていた、丸くて平らな石「円礫(えんれき)」4点も出土した。

 

 松波城は、能登守護の畠山氏の一族である松波氏の居城で、1577(天正5)年に上杉謙信の侵攻によって落城したとされる。