きょうのコラム『時鐘』

2018/04/21 00:25

 大分県(おおいたけん)の山崩(やまくず)れ現場(げんば)から発見(はっけん)された女性(じょせい)は妊娠中(にんしんちゅう)だったという。犠牲者(ぎせいしゃ)を思(おも)う悲(かな)しみや苦(くる)しみに差(さ)はないが、妊婦(にんぷ)の死(し)はつらい

お腹(なか)の中(なか)にいた「もうひとつの命(いのち)」を思うからだ。昨年(さくねん)7月(がつ)の九州北部豪雨(きゅうしゅうほくぶごうう)でも妊婦の犠牲者がいた。あの災害(さいがい)では死者(ししゃ)39人・不明(ふめい)2人となっていたが、事実上(じじつじょう)は死者40人だったともいえる。今回(こんかい)の大分の災害も犠牲者は「もう一人(ひとり)」いる

胎児(たいじ)は立派(りっぱ)な一人であると考(かんが)える人(ひと)たちがいる。中絶(ちゅうぜつ)を出来(でき)る限(かぎ)り少(すく)なくしようとする運動(うんどう)ともつながり「赤(あか)ちゃんポスト」などにもかかわっている。その活動(かつどう)でよく耳(みみ)にするのが「数(かぞ)え年(どし)と満年齢(まんねんれい)」の違(ちが)いである

生命(せいめい)は母親(ははおや)のお腹に宿(やど)った瞬間(しゅんかん)に始(はじ)まる。そして十月十日(とつきとおか)。胎児から赤ちゃんになる。その時(とき)が1歳(さい)。お腹の中で過(す)ごした時間(じかん)も入(はい)っている。満年齢の「ゼロ歳児(さいじ)」に異議(いぎ)をとなえるのである。数え年は文化的(ぶんかてき)な性教育(せいきょういく)でもあった

しかし、数え年に不都合(ふつごう)さがあるのも事実(じじつ)。満年齢が定着(ていちゃく)した今日(こんにち)、数え年の復活(ふっかつ)は困難(こんなん)だろう。ただ、若(わか)い人(ひと)たちが命の尊(とうと)さに気(き)づくために数え年の精神(せいしん)を知(し)ってもらう機会(きかい)はあってもいい。