きょうのコラム『時鐘』

2016/07/02 01:55

 御来光(ごらいこう)を初(はじ)めて見(み)たのは、中学生(ちゅうがくせい)の時(とき)だった。美(うつく)しさに息(いき)をのみ、山(やま)のとりこになると思(おも)ったが、そうはならなかった

その気(き)になれば、すぐに登(のぼ)れるふるさとの霊峰(れいほう)である。きょうがだめでも明日(あす)がある。いつでも行(い)ける。いつかは行ける。それが積(つ)もり重(かさ)なるうちに、足(あし)や腰(こし)に衰(おとろ)えが出(で)てきて、「いつでも行ける」が怪(あや)しくなった

御来光に限(かぎ)らない。みんなが薦(すす)める地元(じもと)の観光名所(かんこうめいしょ)、有(ゆう)名(めい)な小説(しょうせつ)や映画(えいが)、しきいが高(たか)い有名料理店(りょうりてん)。「いずれ、そのうち」と決(き)めて、ほったらかしの「宿題(しゅくだい)」の何(なん)と多(おお)いことだろう

遠(とお)い昔(むかし)の御来光の光景(こうけい)とともに、登山(とざん)の引率(いんそつ)をした中学教師(きょうし)の言葉(ことば)を忘(わす)れない。途中(とちゅう)で弱音(よわね)を吐(は)く者(もの)がきっと出(で)る。「戻(もど)りたいと言(い)い出(だ)すのは誰(だれ)やろ」。出発(しゅっぱつ)直(ちょく)前(ぜん)の皮肉(ひにく)たっぷりの励(はげ)ましに、みんな発奮(はっぷん)し、落後者(らくごしゃ)なしに室(むろ)堂(どう)に着(つ)いた。その時のねぎらいは、「珍(めずら)しい。明日は雨(あめ)や」。口(くち)は悪(わる)いが、良(よ)い教師だった

「いつでも」できる宿題がたまり、遠い昔に戒(いさ)められた弱音を吐きたくなる。「先生(せんせい)、戻りたい」。弱音が出るのは胸突(むなつ)き八丁(はっちょう)のサイン。御来光登山に負(ま)けず、人生登山も骨(ほね)が折(お)れる。