2009年12月17日 掲載
 
松井、エンゼルス入団 「ぜひ守備を」に即決 指揮官快諾「うれしい」
 

エンゼルスへの入団記者会見で笑顔を見せる松井秀喜外野手=16日、米カリフォルニア州アナハイムのエンゼルスタジアム(共同)
 【アナハイム=ニューヨーク支局杉山圭一郎】決め手はマイク・ソーシア監督の一言だった。「ぜひ守備にチャレンジしてほしい」。1年契約、年俸600万ドル(5億4千万円)の数字は決して高いとは言えないが、外野手復帰の願いがかなうなら、契約の数字は二の次だった。

 石橋をたたいて渡る性格の松井が、今回ばかりは少し違った。本格交渉はわずか10日前にスタート。獲得に興味を示した球団は他にもあり、「もちろん迷いはあったが、一番積極的に呼んでくれた」とエンゼルス行きを決意。去就決着は年明けともささやかれていただけに、電光石火の契約成立となった。

 交渉の場で、松井はソーシア監督に守備へのこだわりを打ち明けた。今季はヤンキースで守備機会ゼロに終わり、両ひざは決して万全ではない。少しは難色を示すかと思ったが、指揮官は快諾した。松井は「逆に、守備をやってほしいと言ってくれた」と、その時のやりとりをうれしそうに振り返った。

 2月に始まるキャンプで外野手の練習を徐々に増やし、3月からのオープン戦で実戦に臨むことになる。結果次第ではDH専任の可能性もあるが、松井は「チャレンジさせてくれることがうれしい」と前を向く。

 球団は松井のために、今季オサリバン投手が着けた背番号55を用意。野球人生で初めてとなる赤いユニホームを着た松井は「ゆっくり見てないから、分からない。意外とイケてる?」とすっきりした表情だった。「これで完全に気持ちも来年に向かう。ホッとしたというか、楽しみです」と新たな旅立ちに胸を躍らせた。

●「赤い松井、新鮮」 県内から期待の声

 エンゼルス入団会見で、新しいユニホームに身を包んだ松井選手に、家族や恩師、ファンから新天地での活躍を期待する声が高まっている。

 父・昌雄さんは、松井選手が星稜高時代に初めて渡米した先がロサンゼルスだったことに触れ、「ロサンゼルスでアメリカにとても好感を抱いたようだった」と話し、「エンゼルスへの入団をうれしく思う。新しいユニホームで、気持ちを新たにファンの期待に応えてほしい」と今後の活躍を願った。

 星稜高校野球部時代の恩師、山下智茂総監督(64)は「心を新たにという気持ちが出ていた。(ユニホームの)赤は体を温めたり気持ちを燃やすラッキーな色」と話し、契約について「1年1年が勝負になる。良いプレッシャーの中でプレーしてほしい」とまな弟子を見守った。

 根上中野球部時代のコーチで能美市職員の高桑充裕さんは「巨人時代の黒やヤンキース時代の紺色など、これまで赤色のイメージがなく、ユニホーム姿が新鮮だった」と新生松井選手に期待を込めた。

 長年、松井選手を応援しているゴジラ太鼓山口活喜会の濱村利隆相談役は、「55活喜太鼓」「55健翔太鼓」など同会が演奏する曲名に触れ、「55から始まる曲名が多いので、背番号が変わらなくてうれしい」と話し、「来月10日の新曲披露に向け、練習に励みたい」意気込んだ。

 酒井悌次郎能美市長は「赤色とはめでたい。心配していた背番号も55でうれしい」と話した。



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