
晩年、菊治さんが乗るために購入した電動自転車を見つめる繁子さん=金沢市木倉町
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最近はホームセンターなどで低価格の自転車を目にする。ガソリン価格高騰で自転車を
見直す動きもある。一方で「街の自転車屋さん」がめっきり減った気がして調べてみると
、今春、金沢市中心部で一軒の自転車店がひっそり閉店していた。亡くなった店主の遺族
に話を聞くと、職人の誇りを胸に六十年間、住民の「足」を支え続けた店主の物語があっ
た。(吉川良治)
金沢の繁華街の一角・木倉町で約六十年続いた「北自転車店」。店主の北菊治さんが五
月に八十六歳で亡くなり、後継者もいなかった。妻繁子さん(79)が店の歩みを振り返
ってくれた。
菊治さんは結婚直後の一九四八(昭和二十三)年、大手町に自分の店を開き、三年後に
木倉町へ移った。「仕事を生きがいにした人やった」と繁子さん。年中休まず、朝早くか
ら夜遅くまで油まみれになって働いた。自転車が庶民の足の「主役」だった時代、修理の
依頼が重なると、夜中まで工具を操った。夫婦は幼子を背負って働き、三人の娘を育て上
げた。
昭和の終わりごろからホームセンターなどが低価格自転車の販売を始め、昭和五十年代
には年間百―百五十台ほど売れた北自転車店も販売台数が激減した。県自転車軽自動車事
業協同組合によると、ここ数年の県内の販売台数は年間約六万台。自転車店以外での購入
が約七割に上るという。
それでも修理に来る客は途絶えなかった。「車輪のスポークを一本まで分解して丁寧に
磨くんですよ」。繁子さんは菊治さんの仕事ぶりをこう語る。「そこまでしてくれなくて
も」と客によく感謝されたそうだ。体調を崩した晩年、繁子さんが「もう十分働いたでし
ょ。温泉にでも行きましょうよ」と誘っても、菊治さんは「行きたい所があれば行ってく
るといい」と答えるのが常だったという。
現在、同組合加盟の自転車店は百六十店。約五十年前のピーク時は三百五十四店を数え
た。金沢市内だけでも以前は百七十店ほどあったが今では約四十店だ。佐藤弘行理事長(
71)は「経営者の高齢化や後継者不足で非常に厳しい」と語る。
北自転車店には閉店後も近所の人が「直してほしい」と訪ねてくる。「近くに自転車屋
さんがほとんどないから。うちを頼って来てくれるんでしょうね」と繁子さんはしみじみ
話した。店に残る菊治さん愛用のドライバーが寂しそうに見えた。